戦場のピアニストに関するニュース


名優ダスティン・ホフマン、72歳で映画監督デビュー
エイガドットコム
米映画サイトThe Playlistによると、「戦場のピアニスト」「潜水服は蝶の夢を見る」の脚本家としても知られるロナルド・ハーウッドが自身の戯曲「カルテット(原題)」の脚色にあたる映画版の監督として、ホフマンと最終交渉に入っているという。 ...

and more »

富山新聞

宮谷理香さんが繊細、豊かな響き ショパン生誕200年 県縦断ピアノコンサート
富山新聞
ショパン国際ピアノコンクールで5位入賞を果たしている宮谷さんは、映画「戦場のピ アニスト」でも知られる「ノクターン第20番(遺作)」や「ピアノ・ソナタ第3番第1 ・第4楽章」で、詩情豊かなショパンの音色を美しく紡いだ。 第1部では、オーディションに合格 ...

and more »

被爆ピアノNYで響け 因島でコンサート
朝日新聞
ニューヨークを愛したジョン・レノンの「イマジン」、映画「戦場のピアニスト」のシーンで有名なショパンのノクターン「遺作」など6曲が披露され、その深い音色が歴史の重みを感じさせた。 尾道市瀬戸田町在住で被爆者の梶川春登さん(83)は「同じ境遇に遭ったピアノ ...

and more »

ショパン生誕200年 日本人がショパンを好きな理由
サーチナニュース
“ピアノの詩人”とも言われ、数多くのピアノ曲を遺したショパン。映画『戦場のピアニスト』でも使われた『ノクターン第20番』や、『子犬のワルツ』『別れの曲』などなじみの曲も多い。「ショパンは特に日本で人気がある」とも言われているとか。『takujuku;心の ...
ショパン生誕200年祝うコンサート開催毎日放送

all 14 news articles »

アカデミー賞 トリビア&豆知識集
TimeWarp
アカデミー賞っていつからやっているの? 記念すべき第一回目に作品賞に輝いたのは『つばさ』というサイレントムービーでした。 ■主演男優賞獲得の最年少記録は? 2002年に公開された『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディ。受賞当時29歳と343日でした。 ...

and more »

戦場のピアニスト関連エントリー

*戦場のピアニスト*

『戦場のピアニスト』 (The Pianist) は2002年の映画である。フランス・ドイツ・ポーランド・イギリスの合作。ナチス・ドイツのポーランド侵攻以後、ワルシャワの廃墟の中を生き抜いたユダヤ系ポーランド人のピアニスト ...

*戦場のピアニスト*

[観る]VTR『戦場のピアニスト』

... 人間って。いつから人間はこんなにも残酷になったのか。 すばらしい作品だとは思うが、感動とは異なる重苦しさが残った。 ■ [ 観る ]VTR『 戦場のピアニスト 』

[観る]VTR『戦場のピアニスト』

戦場のピアニスト

現在、GyaO!無料動画で 『戦場のピアニスト』 を無料配信中です 実在したユダヤ系ポーランド人のピアニスト ... 名作です GyaO!無料動画 http://gyao.yahoo.co.jp/ 『戦場のピアニスト』 http://gyao.yahoo.co.jp/p/00657/v07492/ この映画 ...

戦場のピアニスト

戦場のピアニスト(2002・仏・独・英・ポーランド)

あらすじ:1939年9月、ポーランド。ナチス・ドイツが侵攻したこの日、ウワディクことウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はワルシャワのラジオ局でショパンを演奏していた。 ...

戦場のピアニスト(2002・仏・独・英・ポーランド)

アミューズ、「ネバーランド」「戦場のピアニスト」をBD化

アミューズソフトエンタテインメントはBDソフト「ネバーランド」「戦場のピアニスト」を09年11月27日に発売する。価格はともに4,935円(税込)。

アミューズ、「ネバーランド」「戦場のピアニスト」をBD化

戦場のピアニスト旅行記

ジャマイカ(by hide-bachさん)

戦場のピアニスト
(ジャマイカ)
ジャマイカで思い出すのは、歌手のナットキングコールとブルーマウンテンコーヒーだ。
歴史と地理、音楽と水泳が殊の外苦手なボクが、好きな音楽家が二人いる。
一人はショパンで、もう一人がこのナットキングコールである。

ショパンは「戦場のピアニスト」の映画で、ナットキングコールはアメリカのTVドラマ「ルート66」が
「ララミー牧場」と共に人気番組であったことから好きになった。
唄は、「ルート66」「マチルダ」「デイ・オー」「モナ・リサ」「トゥヤング」他を
ナットキングコールで聞いているとしびれてしまう。

カリブ海の人たちは、アフリカから奴隷となって連れてこられた人たちが多く、
アフリカのリズムを原点に、新しいリズムがカリブ海からスタートして
世界に広まっていると言う。マンボ、カリプソなどがそのようだ。

中南米の音楽を知るには、「ブエナ ビスタ ソーシャル・クラブ」の映画を観なければならないと、
誰かが言うのでレンタルショップでビデオを借りて鑑賞した。
音楽苦手意識のあるボクには、やはりその良さがわからなかった。
ディズニーの「ファンタジア」でも観ていたほうが、ボクには似合うし、
どちらかと言うと、前年訪ねた南アフリカでお土産に買ってきたアフリカの音楽CD,
「Out of Africa」に収録の太鼓を基調とした音楽のほうが好みである。

船はジャマイカの「オーチョ・リオス」と言う港に入港する。
「オーチョ・リオス」とはスペイン語で「オーチョ=数字の8」「リオ=川」
「ス=複数を意味する」で「八つの川」を意味する。
「リオ・デ・ジャネイロ」「リオ・グランデ」も同じように、
「ジャネイロ川」「グランデ川」のように川を意味する。

ジャマイカのオーチョ・リオスでは、
ロッククライミングならぬ滝登りをすることになっている。
滝登りと聞くと、鯉の滝登りを連想するが、
滝は滝でも急流が流れる岩の坂道を登ることである。
流れに足をとられて岩の上を滑るほどの急流ではなく、
手をつなぎあって登れば何とか登れる範囲である。

ダンズ・リバーの滝登りという。英語だからこうなるが、
スペイン語で言えば「リオ・デ・ダン」の滝登りと言うところだ。
それでも滝の長さは距離にして500mほどあるから、
そうとうなスリルを味わうことが出来る。

ボクは糖尿病の合併症で末梢神経の麻痺があり、
手足の指先がしびれるので、手先足先に力が入らず、
また、冷たいところに手足を入れると痛みを感ずるので、
こんなことには参加できないのが残念である。

船に乗っている日本人客は総員26名であるが、
この滝登りに参加しなかったのは,
ボクを含み70歳過ぎのジジ・ババ5~6人ぐらいなものであった。
見るからに楽しそうであったが、ボクはカメラマンに徹して皆さんに喜ばれた。

カリブ海は何処でもそうだが、周りの海は澄んでいて視界が利き、
次の訪問地 英国領グランド・ケイマンと共に、
ダイビングにはもってこいの場所だそうだ。
これまた、水の中は苦手なボクにはノンフィクション映画でも観て、
あるいは「グランブルー」と言う映画でも観て、
満足するということになろうか。

ジャマイカではブルーマウンテンコーヒーを、
お土産にしこたま仕入れたのは言うまでも無い。

【旅行時期】2007/12/01~2007/12/11
【エリア】オーチョリオス
【テーマ】
【投稿者】hide-bach

中欧2006年秋①~オシフィエンチム(アウシュビッツ)(by MIUTAKEさん)

戦場のピアニスト
2006年の休暇はポルトガルへ行った前年から1カ月遅い10月の下旬となりました。行き先はバルト3国で未訪問のラトビア&リトアニアと散々迷った挙句、『人間として一度は訪れるべき』と考えていたアウシュビッツと某雑誌の写真で一目惚れしていたスピシュ城を2大テーマとしたルートを組みました。
前日終業後に羽田へ飛び、東京大森に前泊してから、フランクフルト経由でポーランドのクラクフに入り3泊、スロヴァキア東部のコシツェに2泊、最後にブラチスラバに1泊し、ミュンヘン経由で帰国しました。
余談ですが、旅の予習として、アウシュビッツ関連のドキュメンタリーや映画『シンドラーのリスト』と『戦場のピアニスト』を見ました。

【旅行時期】2006/10/20~2006/10/27
【エリア】アウシュビッツ
【テーマ】
【投稿者】MIUTAKE

ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー(by hide-bachさん)

戦場のピアニスト
音痴で困った
(音痴で困った)

あるホーム・ページの掲示板を訪ねたところ、
ショパンのピアノ曲が添付してあり、その美しさに聞きほれて
掲示板に次のように記入しました。

「今夏、(戦場のピアニスト)を見て、さらにCHopin(ショパンと読む)が好きになりました。そこでポーランド大使館を訪ね、ポーランドはどんな国か、調べる資料を探しに行きました。話しをするうちに、ショパンのピアノ曲「エチュード」(何番か知りませんが)を弾いていただき、聞かせてもらいました。大使館員の妻(桐朋大学ピアノ科卒の)がたまたま いらっしゃったので。

学生時代に、英文で出てきた「Chopin」が読めず、恥ずかしい思い出があります。
この10月、ショパンを訪ねてポーランドを旅します。添付のショパンの曲 素敵ですね!」そうしたら、返信に

「来て下さってどうもありがとう(ペコ)
私は・・・クラシックの事は、ほとんどわかりません・・・」

とあった。とんでもない!ボクは音楽なんて何も知らない。
文字は恐ろしいものです。ボクの書き込みで、読まれた方はきっと
ボクがショパン、いえクラシックに詳しいとお思いになったようです。

生来、音痴で音とか音楽とかに全く無縁の僕には、音楽にまつわる苦い思い出がある。

掲示板に書いた、学生時代、英文に出てきた「Chopin」が
人の名前ということは前後の脈絡で分かったものの、まさかこれが有名なショパンとは知らず、「チョピン」と呼んでしまった。
周りの同級生がドッと笑った。苦い思い出。

その次が社会人になってから。「カラオケ」全盛の時代の苦い思い出。

仕事の都合でバーだったかクラブだったか忘れたが、沢山の人の前で歌う破目になった。音痴なことは自分が一番良く知っているので、
固くお断りしたが、しきりに勧めるので、止む無く唄うことにした。よせば良いのに、聴くのは好きな歌だった「抱擁」を選んだ。

唄い始めると、お客さんの態度の異様さが目に映った。
僕の歌が下手だからと思ったが、笑いを堪え切れなかったのか、
次の瞬間、誰かが噴出すとドッと爆笑の渦が巻いた。面白い落語や
漫才を聞いてお腹を抱えて笑う、そんな光景。

普通、下手な人が歌うと、周りは静かになり、
うつむいて「お気の毒さま」と言う態度をとるものであるが、
僕の場合、はそれをはるかに通り越したに違いない。悔しかったので、この一曲だけ教わることにした。
教師は、覚えるよりは、歌うことを諦めるほうが良い と言ったが
まがりなりにも唄えるようにはしてくれた。

ところが、歌が下手なことを知っている私は、恥ずかしいから
相当酔ってからでないと唄えない。いえ 唄う度胸がつかない。
酔ってしまうと シラフの時覚えたメロディ、テンポ、リズムは
すべて忘れてしまい何処かへ行ってしまう。「抱擁」を
「佐渡おけさ」のメロディで唄うようなものである。想像してみてください。(爆笑)

それでも音楽の美しさに惹かれることがある。
それは映画の中でおきる。

最近では、
「千と千尋の神隠し」のラストシーンで歌われる歌。
「戦場のピアニスト」が弾くショパンの曲。

さすがに美しい。感動するととことん好きになる。ポーランドとは
どんな処?アウシュビッツ以外に何も知らない。ショパンが生まれたポーランドへ、戦場のピアニストのシュピルマンの故郷ポーランドへ行きたくなる。その国を知りたくなってポーランド大使館を訪れる。そして知る。

♪森へ行きましょう! 娘さん!ハッハ!♪ 

これがポーランド民謡だということを。
そんな 僕。

ポーランド大使館員(ポーランド人)が日本語とポーランド語で
歌ってくれた。どうして外国人はこんなに表情豊かに歌えるのだろう。日本人がこんな場合、踊ったり歌ったりしてくれるだろうか?
歌うことが出来ないボクには、無理な相談だが...

ポーランド民謡 の全文は以下の通り

1.森へ行きましょう 娘さん(アハハ)
  鳥が鳴く(アハハ)あの森へ(ララ ラララ)
  僕らは木を切る君たちは(アハハ)
  草刈の(アハハ)仕事しに
    ランラララ ランラララ ランラララ.....
2.お昼の休みに娘さん(アハハ)
  まんまるい(アハハ)輪を作り(ララ ラララ)
  話をしながら面白く(アハハ)
  お弁当(アハハ)食べましょう
   (以下同じ)
3.仕事が済んだら娘さん(アハハ)
  花の咲く(アハハ)草原で(ララ ラララ)
  みんなで手を組み元気よく(アハハ)
  歌いましょう(アハハ)踊りましょう
   (以下同じ)

カミさんにいたっては、下手か音痴か知らないが、
結婚以来、唄を歌ったのを一度も聴いたことがない。
にもかかわらず、ボクが少しでも歌うと妙な顔をして
ボクを見る。(やめた方が良いのでは...)と言わんばかり。

そこで、子供たちには、恥ずかしい思いをさせてはならないと
自分では苦手の音楽と水泳を習わせた。
3歳ころからピアノを習わせ、音感教育(?)に努め、
同じ頃、近くのスイミング・クラブにいれた。
甲斐あって二人の子供たちが歌う唄は、曲がりなりにも
聞いていて恥ずかしくないし、水泳にいたっては、クロールから
バタフライまで何でもできるし、見ていて美しい泳ぎをする。

60歳定年を過ぎて、この後の人生やりたいことは
沢山あるが、子供たちが残していったピアノを弾けるようにならないか、スイミング・クラブへ行って泳げるようにならないか、
懸命になって何年も経っているが、どうやらものになりそうも無い。
水泳では、泳ぎながら呼吸が出来ないし、ピアノはテンポが取れないままである。

そんな 僕。

ポーランドでショパンの生家を見て、ショパンのミニコンサートを聴いて、アウシュビッツを観て来ました。

【旅行時期】2003/10/13~2003/10/22
【エリア】クラクフ
【テーマ】
【投稿者】hide-bach

「戦場のピアニスト」の世界 ワルシャワ蜂起記念碑 ・ ムラヌフ地区 ・ ゲットー蜂起記念碑 ・ ウムシュラークプラッツ(UMSCHLAGPLATZ) 第二次世界大戦下のポーランド(by straszewskaさん)

戦場のピアニスト
1939-1945年の第二次世界大戦で、ポーランドは未曾有の被害をこうむりました。特に首都ワルシャワでは、市民蜂起軍とナチス・ドイツ軍の徹底抗戦の末、見渡すかぎり 一面焦土とかし、20万人以上の戦死者を出しました。

この市民蜂起は、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻から5年が経過した1944年8月1日に起こりました。ドイツ軍 に各地で連勝していたソ連軍がついにヴィスワ川右岸に達したことを見計らい、ソ連軍という強力な後ろ盾を支えに、ワルシャワ各地で市民が武器を手に一斉蜂起 したのです。

【旅行時期】2005/05/~2005/05/
【エリア】ワルシャワ
【テーマ】歴史・文化・芸術
【投稿者】straszewska

Poland/Krakow/Auschwitz-ポーランド/クラコフ/アウシュビッツ(by よこさん)

戦場のピアニスト
過去に何度も地図の上から姿を消し、蘇ってきた国ポーランドは、まさに“激動の歴史”を経てきた国。世界遺産として名高いクラコフは第2次世界大戦を免れ美しい都市として残っているが、それ以上の傷跡も残されてしまった。バスで1時間ほどで行くことができる、アウシュビッツ収容所である。
この地を訪れるまで、私のアウシュビッツに対するイメージは、アンネの日記であったり、戦場のピアニストであったり、いわば、他国の戦争話だった。それが、こんなにリアルに感じ、戦争が体に迫ってくるとは思いもよらなかった。

  • http://www.auschwitz-muzeum.oswiecim.pl/

  • 【旅行時期】2004/12/~2004/12/
    【エリア】クラクフ
    【テーマ】歴史・文化・芸術
    【投稿者】よこ